「セーフハーバー」から「コンプライアンス革新」へ:SECのイノベーション免除政策の影響分析

作者: @BlazingKevin_ ,Movemakerのリサーチャー

序論:規制の歴史的転換点

暗号業界は2025年に米国の規制環境において歴史的な転換点を迎えた。長期にわたる「執行=規制」モデルによる法的不確実性の増大を背景に、SECの新任委員長ポール・アトキンスは2025年7月に「暗号プロジェクト」イニシアチブを打ち出し、証券規制の近代化と、行政部門が米国を「グローバル暗号資本の中心地」と位置付けるビジョンを支援した。

この新たな規制パラダイムの核心の一つは、「イノベーション免除」(Innovation Exemption)政策の導入である。この免除は、SECが最終的にデジタル資産に関する恒久的ルールを確定する前に、新興の暗号技術や製品が迅速に市場に出ることを可能にし、初期のコンプライアンス負担を軽減するための期限付きの規制緩和策として設計された。アトキンスは、この免除規則が2026年1月に正式施行される見込みであることを確認している。この政策シグナルの発信は、米国の規制当局が受動的対応から積極的な構築へと転換し、投資家保護と業界のイノベーションのバランスをより弾力的に追求しようとしていることを示している。

本稿では、SECのイノベーション免除の核心メカニズム、その米国全体の暗号規制フレームワークにおける戦略的位置付け、市場が引き起こす議論と機会を評価し、特に欧州のMiCA規則との比較を通じて、業界参加者に戦略的な提言を行う。

1. イノベーション免除の核心メカニズムと目的

SECのイノベーション免除の核心は、「セーフハーバー」の一時的な通路を提供し、デジタル資産企業が従来の証券法の全面的な登録や開示の重荷を負うことなく運営できるようにする点にある。

1.1 免除の範囲と期限

イノベーション免除の適用範囲は広く、あらゆる暗号資産関連の事業体が申請可能であり、取引所、DeFiプロトコル、ステーブルコイン発行者、さらにはDAOも含まれる。

  • 期限設計: 免除期間は一般的に12〜24ヶ月に設定されており、これによりプロジェクトチームは十分な「孵化期間」を確保し、ネットワークの「成熟」または「十分な分散化」を促進することを目的としている。
  • 簡素化登録: 免除期間中は、プロジェクトは簡易的な情報開示のみを提出すればよく、複雑で時間のかかるS-1登録書類の提出は不要となる。この仕組みは、議会が推進する《CLARITY Act》の「オンランプ」設計と類似し、披露義務を満たす条件下で、年間最大7500万ドルの資金調達を可能にし、SECの完全な登録規則を遵守しなくてもよい。

1.2 原則に基づくコンプライアンス条件

アトキンスは、この免除は原則に基づくものであり、硬直的なルールではないと強調している。免除を利用する企業は、以下の基本的なコンプライアンス基準や投資者保護措置を満たす必要がある。

  • 定期報告と審査: 四半期ごとの運営報告の提出やSECによる定期的な審査を求められる可能性がある。
  • 投資者保護: 一般投資家向けのプロジェクトには、リスク警告投資制限の設定が必要。
  • 技術基準: 条件には、ホワイトリスト認証参加者プールの使用、さらにはERC-3643などの標準に基づく制限の遵守も含まれる可能性がある。

1.3 トークンの分類と「分散化」テスト

イノベーション免除の運用は、SECが新たに導入したトークン分類体系に依存しており、この体系はHoweyテストの原則に基づき、どのデジタル資産が証券に該当するかを判断する。

  • 分類体系: SECはデジタル資産を4つのカテゴリーに分けている:商品型/ネットワークトークン(例:BTC)、機能型(Utility Tokens)、コレクション型(NFTs)、およびトークン化証券型
  • 退出ルート: これらのうち、最初の3つのカテゴリーが「十分な分散化」または「機能の完全性」を満たす場合、証券規制から脱却できる。投資契約が「終了」とみなされると、最初は証券として発行されたトークンの後続取引も自動的に「証券取引」とは見なされなくなる。この権利移転のモデルは、プロジェクトに明確な規制退出ルートを提供する。
  • 免除の意義: この枠組みの下、SECはスタッフに対し、デジタル資産がいつ証券となるかを明確化し、多くの暗号資産は「証券ではない」と強調している。証券であっても、規制は促進すべきであり、阻止すべきではない。

2. イノベーション免除の戦略的背景と議会立法との連携

SECのイノベーション免除は孤立した行政措置ではなく、議会が推進する二大立法基盤《CLARITY Act》と《GENIUS Act》と連携し、米国の新たな暗号規制体系を構築している。

2.1 管轄権の明確化:《CLARITY Act》の補完

《CLARITY Act》は、SECと商品先物取引委員会(CFTC)間の長年にわたる管轄権衝突を解消することを目的としている。

  • 主要分担: 《CLARITY Act》は一次発行/資金調達活動をSECの管轄下に置き、デジタル商品現物取引の規制権限を明確にCFTCに付与している。
  • 成熟ブロックチェーンのテスト: 《CLARITY Act》は、「成熟ブロックチェーン」テストを導入し、プロジェクトが十分な分散化に達したかどうかを判断し、より緩やかな規制待遇(デジタル商品とみなす)を適用できるようにしている。このテストには、分散されたトークン所有権、ガバナンス参加度、機能的に特定のコントロールグループからの独立性などの基準が含まれる。
  • 免除との連携: イノベーション免除は、「成熟意向」の段階にあるスタートアップに対し、一時的な移行期間を提供する。これにより、完全な分散化を目指しつつ、簡素化された開示を通じて限定的な資金調達や製品試験を行える。行政の免除と立法案の境界線は高度に連携しており、免除は一時的な行政の「試行許可」、一方《CLARITY Act》は恒久的な「卒業基準」を提供している。

2.2 安定コインの枠組みの分離:《GENIUS Act**》の施行****

《GENIUS Act》は2025年7月に成立し、米国初の包括的な連邦デジタル資産立法となった。

  • 安定コインの位置付け: 《GENIUS Act》は、支払いステーブルコインを連邦証券法や商品取引法の「証券」や「商品」の定義から除外し、銀行監督機関(例:OCC)の監督下に置くことを明示している。
  • 発行要件: 承認されたステーブルコイン発行者は、1:1の比率で高流動性資産(ドル、国債など)を準備金として保有し、利息や収益の支払いは禁止される。
  • 規制の影響: 《GENIUS Act》は、支払いステーブルコインの規制枠組みと発行者の資格要件を明確にしたため、SECのイノベーション免除は、ステーブルコイン以外のより革新的な分野(DeFiプロトコルや新型ネットワークトークン)に集中し、重複や矛盾を避けることになる。

2.3 機関の協力と市場監督

SECとCFTCは、共同声明合同円卓会議を通じて、規制調整を強化し、管轄権の不確実性に対処することを発表した。

  • 現物取引: 共同声明は、SECとCFTCに登録された取引所が特定の現物暗号資産の取引を促進することを許可し、市場参加者が取引所を自由に選択できるよう促している。
  • 免除の調整: 共同円卓会議の議題の一つは、「イノベーション免除」とDeFiの規制についてであり、この調整は市場参加者のコンプライアンスギャップを縮小する上で重要である。

3. DeFiの「伝統化」リスク

SECのイノベーション免除の導入は、暗号業界において激しい二極化反応を引き起こしている。

3.1 イノベーターとコンプライアンス推進者の機会

米国内での合法的運営を目指すスタートアップや既存プラットフォームにとって、イノベーション免除は実質的な追い風となる。

  • 参入コストの低減: これまで、米国での合法運営には数百万ドルの弁護士費用と1年以上の時間が必要だった。イノベーション免除は、開示手続きを簡素化し、明確な移行フレームワークを提供することで、初期チームのコンプライアンスのハードルと時間コストを大きく削減している。
  • リスク資本の誘致: 明確な規制ルートは、規制の曖昧さから「撤退」や海外拠点化を選択していたプロジェクトに米国市場への再検討を促す。政策の確実性は、投資家やリスクキャピタルの誘致に寄与し、彼らは明確な枠組みの下での投資能力を重視している。
  • 製品イノベーションの促進: 免除期間中は、新たな暗号概念の試験が可能となる。特にDeFiやWeb3エコシステムの新興分野において、ConsenSysなどの企業は規制の寛容な環境の中で急速に分散型アプリをテストできる。
  • 大手機関の参入: 伝統的金融大手(例:JPモルガン、モルガン・スタンレー)は、デジタル資産を積極的に取り込もうとしている。SECはSAB 121(顧客の暗号資産を表内負債とみなす会計基準)を撤廃し、銀行や信託会社によるデジタル資産の信託・保管サービスの大きな障壁を除去した。さらに、イノベーション免除の行政の柔軟性により、これらの機関はより低い規制資本コストと明確な法的ルートで暗号分野に参入できる。

3.2 DeFiコミュニティの懸念と「伝統化」リスク

免除政策の核心的な論点は、その分散化理念への影響にある。

  • KYC/AMLの強制: 新規則は、免除に参加するすべてのプロジェクトに「合理的なユーザー検証手続き」の実施を義務付けており、これによりDeFiプロトコルもKYC/AMLを実施する必要が出てくる。
  • プロトコルの分割とコントロール: 規制に適合させるため、DeFiプロトコルは流動性プールを「許可プール」と「パブリックプール」に分割し、ERC-3643などの規制対応トークン標準の採用を求められる可能性がある。ERC-3643は、身元確認送金制限機能をスマートコントラクトに埋め込み、各取引ごとにホワイトリストの検査や、トークンの中央管理者による凍結を可能にする。これにより、DeFiは本当に「分散型」なのか疑問視される。Uniswapの創始者などは、ソフトウェア開発者を金融仲介者として規制することは米国の競争力を損ないイノベーションを抑制すると批判している。

3.3 伝統的金融機関の反対

伝統的金融業界も、「イノベーション免除」に反対し、これが「規制のアービトラージ」を生むことを懸念している。

  • 同じ資産、異なるルール: 世界取引所連盟(WFE)やシタデル・セキュリティーズなどはSECに書簡を送り、「イノベーション免除」計画の放棄を求めている。彼らは、トークン化証券に対して広範な免除を提供すると、同一資産に対して二重の規制制度を作り出すと指摘している。
  • 伝統的保護の堅持: SIFMA(証券業協会)は、トークン化証券は従来の金融資産と同じ基本的な投資者保護ルールを遵守すべきと強調している。規制緩和は、市場リスクや詐欺の増加を招くと警告している。

4. グローバル規制の比較:米欧モデルの戦略的相違

SECのイノベーション免除と米国の柔軟なモデルは、EUの《MiCA》が代表する事前調整・統一モデルと対比され、世界のデジタル資産規制の二極化を形成している。両者は哲学と運用の面で顕著な違いを持つ。

米国のイノベーション免除と《CLARITY Act》の「権利移転」理念は、MiCAの**「事前承認」モデルと対照的だ。米国モデルは、初期の不確実性と高リスクを容認しつつ、イノベーションのスピードと柔軟性を追求している。これは中小規模のフィンテック企業やスタートアップ**にとって最も魅力的である。一方、MiCAは、構造的な保障と統一ルールを通じて、**大手伝統金融機関(例:JPMorgan)**にとって安定的で予測可能な市場を提供している。

この規制の違いにより、グローバル企業は「マーケット・ツー・マーケット」の二重規制戦略を採用し、同一製品(例:ドル連動ステーブルコイン)に対して異なる分類や運用要件に対応せざるを得なくなる。

5. 市場展望とまとめ

SECのイノベーション免除の正式施行は、米国の暗号規制体系の成熟に向けた重要な一歩であり、行政上の「セーフハーバー」を提供するとともに、今後数年間の世界的なデジタル資産のイノベーションの地理的流れに深く影響を与える。2026年は「コンプライアンスとイノベーションの元年」となる見込みだ。イノベーション免除と《CLARITY Act》による前例のない法的確実性により、米国の暗号業界は多くの機関投資を呼び込み、暗号資産の伝統的金融の周縁から「構造化資産クラス」への移行を加速させる。

この政策の恩恵を最大限に活用したい業界関係者は、戦略の明確化が必要だ。スタートアップは、免除期間(12〜24ヶ月)を米国市場への低コスト・迅速な参入のチャンスとみなす一方、「十分な分散化」を最終的な運営目標とすべきだ。これは、「コントロール」に基づく明確な分散化のロードマップを設計し、「継続的努力」の曖昧な基準に頼らないことを意味する。期限内に検証可能な分散化を実現できないプロジェクトは、追跡的なコンプライアンスリスクに直面する。さらに、免除政策においては、DeFiプロトコルに対するKYC/AMLの要件には議論が残るため、技術的に完全な分散化やERC-3643などの規制対応標準を採用できないプロジェクトは、免除後に米国のリテール市場から撤退を検討すべきだ。

米国は行政と立法の両面で突破口を開いたが、世界的な規制の断片化は依然として大きな課題だ。米国の柔軟なモデルとEUのMiCAの厳格な事前承認モデルの違いは、企業の「規制アービトラージ」を引き続き促進する。公平な競争環境と消費者保護を地理的制約なく確保するためには、国際的な調整が急務だ。長期的には、2030年までに主要な法域が共通の基盤フレームワークを採用し、AML/KYC標準やステーブルコインの準備金要件の統一を図ることが予測される。これにより、グローバルな相互運用性と機関投資の促進が期待される。

SECのイノベーション免除は、「曖昧な規制から明確な規範へ」と進む米国規制体系のマイルストーンであり、行政の柔軟性をもって立法の遅れを補完し、デジタル資産の活力と規範適合の橋渡しを目指す。暗号業界にとって、この扉の開放は、野蛮な成長の時代の終焉を意味し、「規制に適応したイノベーション」が周期を超える競争力の核となる。次の段階では、コードだけに頼らない、資産配分と規制枠組みの明確化が重要となる。成功の鍵は、免除の速度優位を享受しつつ、検証可能な分散化と堅実なコンプライアンスの底線を堅持し、規制の複雑さをグローバル市場の競争優位に変えることにある。

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